2021-22シーズンも終わってだいぶ経ち、2022-23の開幕も目前といった中で今更感もありますがアヤックスのシーズンまとめ。明確に想像できていたわけではないけれど、開始時点からエリック・テン・ハフ監督の集大成の1年になるだろうという雰囲気があった2021-22シーズン。そんな予感もあったのか、個人的にもシーズン序盤に高まった期待から
展望らしきものをしたためたこともあったくらいで。
2021-22シーズンのまとめとしては、それがどうなったかという答え合わせと、予感の通りアヤックスを去ることとなったテンハフ監督の振り返りという監督中心の形でいきたいと思います。
いつも時間が経つとどんな特徴のチームだったか忘れてしまうので、自分用の概略メモくらいの感覚で。これまでの流れ、2021-22シーズン陣容とチーム戦術、結果のおさらい、テンハフという監督へのお気持ち表明、全体的にお気持ち表明といった流れの内容となります。
シーズンに入るまでの流れ
過去まで振り返るのはしつこいかもしれませんが、重要なところなので何度でも。
といってもペーター・ボス時代からにしましょう。それより前は欧州の舞台で全く存在感が出せない時代があるのですが、2010年頃からの改革と2016年の監督交代によるチームの変革が今に繋がっています。それまではフットボールの商業化であったり戦術パラダイムシフトであったり、アヤックスに限らずオランダ全体が欧州の最先端からだいぶ取り残されてしまっていた印象があります。UEFAのカントリーランキングでもオランダは7位あたりを定位置としていたのが、一時はベルギー、ウクライナ、トルコ、チェコ、オーストリア、スイスなどに抜かれて14位くらいまで落ち込んでいた時期もありました。
オランダ全体が沈んでいた中、ペーター・ボス時代からカウンタープレスを導入しつつ、アヤックスは結果でも内容でも欧州に爪痕を残せるようになったこともあり、現在のチームの礎となっているという感覚を個人的に持っています。
そういった流れを引き継いだテンハフ監督。テンハフ監督といえばCL決勝まであと一歩というところまで辿り着いた大躍進の2018-19ですが、この頃のメンバーは就任以前にトップへ引き上げられた選手たちでテンハフが育て上げたという印象はやや薄いと感じます。また、ボス監督による5秒ルール指導で即時奪回もインストール済みということで、ボス監督などと比べるとだいぶお膳立てが整っていたという面は評価をするにあたって考慮が必要かとは思いますが、手持ちのピースでパズルを組立て素晴らしいチームを作ったのは彼の手腕でしょう。特にタディッチの偽9番は目を引くところでした。
2018-19以降の2シーズンは不運もありCLやELで思うような結果が出せたとは言い難いですが、CLベスト16へ進むチャンスも十分あったことを考えると、"主力が引き抜かれて弱体化"と一言でまとめてしまうのはやや雑かなという気はしています。とはいえ、躍進の翌年に勝率が落ちているのを見ると、戦力低下があったもののまた持ち直したと見ることもできるのかもしれません。タディッチの偽9番一本では手数も限られ対策もされ易くなる中、チーム再編成に試行錯誤していた様子も伺えました。そんな状況にあって、2021年に入り待望の出来事が。
セバスティアン・アレーの獲得。
久しくいなかった純粋なスピッツ(CF)です。アヤックスには頼れる漢フンテラールがいたのですが年齢的にもスーパーサブの位置付けで、他の選手もラシーナ・トラオレやブロビーといった発展途上の若手だったため、完全にスタメンで定着したスピッツはここのところ不在でした。
アレー獲得の年は登録を忘れてしまったことでEL出場ができなく、その影響からか4月にはローマに敗れて欧州の舞台から姿を消してしまいましたが、その方で国内リーグでは2位に大差をつけて優勝。多少余裕もある状況もあり、アレーをトップに添えた2021-22シーズンの下地作りが昨シーズン後半から始まっていたのです。
2021-22アヤックスの陣容
戦力の流出は控えメンバーのみという最低限の状態におさえてはじまった2021-22。主力級の加入としては、実力十分のベルフハウスと、昨年オナナがドーピング判定で長期の離脱を強いられ手薄になっていたGKのテコ入れ。ベテランで安定したパフォーマンスを見せていたパスフェールと若手のホルテルでGKを補充しました。
序盤こそアントニーが東京オリンピック出場などで不在、正GKの予定だったステケレンブルフが8月に怪我で離脱という戦力が完全に揃わない状況ではありましたが、GKはパスフェールが代役を務め、アントニーも復帰した9月には、ベルフハウスを10番の位置に添えたベストと思われる布陣が既に完成。昨シーズンの準備をほぼそのまま継続して挑むことができました。
戦術面に触れるのは特に苦手ですが、いくつかの局面ごとに見ておきたいと思います。
■左右の攻撃の形、アントニー
アヤックスはポゼッション率を高く、相手を圧倒して美しく勝利するのが伝統的なスタイル。2021-22のオフェンスにおける特徴も、アヤックスらしくボールを保持して押し込むことでした。相手によって微調整はあるものの、基本的な姿勢はどんな相手でも変わらず、ぶれずにいきます。
ハーフコートのサッカーになるほどに人数をかけて押し込むのですが、その方法としては簡単に言うと、左サイドは複数人でポジションを変えながらパス回しをして侵入、右サイドは縦の突破という攻め方が多く、これはいずれもアントニーという個人の質を活かした攻略の仕方だと言えるかと思います。
アントニーはボールタッチがテクニカルでアジリティが高く、そして左足が強烈。1番の形はカットインからの左足で、同じようなゴールが何度となくありました。シュートに持ち込めなくても高精度・高速の左足クロスや敵陣深くに侵入してのクロスでアレーやその先のタディッチに合わせます。基本1対1では負けない上にマズラウィとのコンビネーションも抜群のため、相手は人数を揃えない限り守るのは困難でした。
右サイドはこれを活かすべく、できる限りスペースを作り少ない人数で突破を図ります。
個の突破力を全面に押し出した右サイドとは異なり、左サイドはパスワークが主体です。タディッチ−ブリント−フラーフェンベルフのトライアングルでポジションを変えながら敵陣深くに侵入。これにアレーやベルフハウスも寄ってきて、相手DF陣を混乱に陥れるか、または相手も左サイドに寄ってきたところで右サイドに展開するなど。アヤックスの攻撃の展開はどちらかというと左サイドから行うことが多かった印象があります。
左サイドから組み立てる際にはアントニーは右に張っているため、左サイドの密集から右へ展開するという形も多くみられました。また、右に展開できずともアントニーのポジショニングは相手DFのチャンネルを開かせる役割を果たしています。その開いたチャンネルをベルフハウスやマズラウィが使うといった攻撃が展開されました。
左サイドに人数かけてオーバーロード気味にしていたのは、選手達の特性もあったとは思いますが、アントニーという個を最大限に活かすためのスペース作りの意味で理にかなった方法だったように思います。
左サイドはコンビネーション、右サイドは個の突破が主な攻撃パターン
■ビルドアップ
ビルドアップはティンバーとマルティネスの2CBとアルバレスの3人が主体。GKもある程度入りますがパス回しにはあまり加わらなく、ボールを受けてもセーフティに大きく蹴ってしまうことも。これはパスフェールやステケレンブルフが足元苦手というよりは(普通に上手いです)、蹴った先にアレーがいるというのが大きいのだと思います。繋ぐ選択と相手プレスを飛び越す選択。ボールの扱いが上手い2CBだけでも捕まえるのは困難なところですが、より狙いを絞り難くする効果もあったのではないかと思います。
勿論、ビルドアップには両SBや8番のフラーフェンベルフも加わることもありますが、右サイドのマズラウィはCBと同じラインまで落ちずにMF化して受けることが多い印象。マズラウィはビルドアップから最後のハーフスペース侵入まで、常に良いところに顔を出す賢い選手だと思います。CL初戦のスポルティングCP戦(1-5勝利)が個人的には印象的で、相手プレスの回避先として機能していました。
ほぼ全員が足元の技術もあり、ティンバーなどCBもドリブルで持ち運ぶことができる。ブリントやマルティネスはパスも得意で縦へつけるパスやロングレンジのパスを通すことができる。また、誰が最終ラインに落ちてビルドアップに加わるなど特定の形が決まっているわけでもなく、状況に合わせてポジションを変えながら行う多彩なビルドアップが、前線へ人数をかけていくために準備されています。
■ネガティブトランジション
アヤックスが得点するにあたってどこからとるか?というときに、やはりネガトラからのショートカウンターが最大の狙いだとは思います。相手DFが整わない隙が得点率高いので当然のことかと。ただ、特に2021-22シーズンについては、ショートカウンター狙いで抜け出す人員を配置しているというよりは状況で行けたら行くくらいのノリのような気はします。どちらかというと高い位置で即時奪回し、また人数をかけて次の攻撃の繰り返し。うまくいっているときは相手に攻撃するための持ち運びすらさせず、まるで相手に息つく暇を与えずに窒息させるような押し込み方をしていきます。
相手にボールを奪われた瞬間、ボールホルダーを周囲の選手が囲う形で即時奪回が成るわけですが、攻撃時から相手を囲う配置を気にしているかというと、これには少し疑問符がつきます。というか自分には意識しているかどうかまでは見れていなくわからないのですが、どちらかというと人数をかけて仕掛けている分失った際には自然と相手を囲める位置に人が揃っている、というような感じではないでしょうか。
■被カウンターへの対応
攻撃時に人数をかけるならば、失ったときのカウンターが最大の弱点。アヤックスは攻撃の際にSBのどちらかが残っていればまだ良い方ですが、2CBとアルバレスの3人しか残っていない状況も多いです。
トランジションの際にいくらアヤックスがボール保持者を瞬時に囲もうとしても抑えられる範囲には限度があるし、相手もなんとか前に出して前線に少ない人数で残る選手に繋げようとしてきます。
ここでボールの行先に現れるのがアルバレス。攻撃時から準備をしているのか、危険な場所を察知してカウンターの起点になる前の段階でかなり潰してくれます。ネガトラにおける相手のボール出口に蓋をするのがアルバレスの役目、ということになります。
アルバレスのチャレンジが失敗した場合やアルバレスを越すようなボールの場合はどうなるか。アヤックスは2人しかいない状況でピンチです。そしてこんなピンチは割とよくあります。
そんな状況では、とにかくCBのティンバーとマルティネスに頑張ってもらいます。
この2人はCBとしては小柄ですが、スピードがあり対人でも闘えてそれなりに強い。カウンターを受けても意外と止めてくれ、奪いきるか帰陣した味方にボールを回収してもらい事なきを得ます。
最後の砦が根性論に近いようにも思いますが、この2人がいるからこそ攻撃部分で無茶ができているのではないかと思います。
■プレッシング
最後に、セットした状態からのプレッシングについて。形としては4-3-3。相手の形による部分もあるとは思いますが、よくある形は前線の3枚で制限し、その後ろの2枚で中央へのコースを塞ぐ形。2-3のラインでシールドを形成します。
ボール奪取で重要な点は選手の距離感でしょうか。シールドの内側にボールが入ればプレスバックも交えてすぐに取り囲んでボールを奪いにいく。サイドから抜けようとしたらSBがチェックしてWFとIHも加わって囲みボール奪取。三角形で取り囲む感じなのでコンパクトに保つ必要があります。
このシールドとサイドバックによるチェックの網を抜け出された場合については、アルバレスがあたる、場所によってはCBも対応。ということで、被カウンターのやり方と似ていますね。ボール保持者にスペースと時間を与えないコンパクトな守備。そこから抜け出されたときのエリアについてはアルバレスと2人のCBでなんとかしてもらう、というような形になっています。
このプレッシングはとてもよく機能していたと思います。高い位置で奪えることも多かったですし、割と攻撃的な守備の分類な気はしますが、結果的に失点数も少なかったです。(47試合で29失点。クリーンシート28回)
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いくつかの局面に分けてかなり雑に見てきましたが、総じて、選手の能力に合わせて非常にロジカルに設計されているのではないかと思います。
安永解説員が番組で、1対1に強くスピードのある2人のCBがアヤックスのシステムを支えているというようなことを仰っていましたが、まさにその通りだなと納得したことがあります。きれいに繋いで崩す、前線のプレスで奪ってショートカウンター。そういった攻撃的な面もCBの能力あってのことかと思います。
…と、締めようと思ったのですが、待望のスピッツ!と言った割にアレーの重要さに触れていないことに気が付きました。
まずは上述の通り、ビルドアップが苦しい時の逃げ道という点でハイボールをそれなりに収めてくれるアレーの存在は大きかったはずです。アレーがいなければもう少しビルドアップにも人数をかけて丁寧に組み立てる必要もあったかと思います。
また、攻撃に関しては基本的に最終的にアレーに得点を取らせるという形で組み立てられていたように思います。ボール保持して崩していく段階ではゴール前にはアレーがいるような形となっており、両サイドからのクロスも多いのが2021-22アヤックスの一つの特徴。アレー加入前と比べてクロスはかなり多くなったという感覚を持っています(データがないので説得力に欠けますが)。得点力の高いアレーがいることで相手のCBも引き付けることができるため、そこを周囲の選手が突くという点でも効果的でした。また、クロスにしてもアレーの先にいるタディッチやマズラウィなどが得点することも多く、記録には残らない点でもアレーの存在は大きかったと思います。
「アヤックスのスピッツには多くの能力が求められる」とはよく言われていることではありますが、アレーはその要求に答えられるだけの十分な能力を持っていたと思います。
ちなみに、単独突破はそれほど得意ではないのですが、5-0で大勝したPSVでのアレーはゴールから離れた位置でキープして突破もするなどスーパーな活躍も見せてくれる、クールで頼れるCFでした。
世界の注目を集めた前半戦と失速の2月
アレーというスピッツを加えて前シーズンから準備を進め、ほぼ完成された形で入ったシーズンは、ほぼ完璧な出来でクリスマスを迎えます。
12月末時点の戦績は25試合で20勝3分2敗。80得点9失点で、1試合当たりに換算すると3.2得点0.36失点という驚異的な数字。
特に賞賛されたのはCLの舞台における戦いぶり。グループステージ6連勝で20得点5失点に加えて、アレーのCLデビュー以来6戦連続得点とこれ以上ない出来でした(年明けに7試合連続得点まで記録を伸ばす)。
怪我前のハーランド擁するドルトムント戦では強力な攻撃陣相手に勇敢な守備で無失点に抑え、多くの注目を集めました。ドルトムントは結局スポルティングCPの後塵を拝しグループステージ3位、ELに回ってもジオ監督率いるレンジャーズに負けてしまい強敵の位置付けとして良いのか疑問も生じたものの、少なくともアヤックスとの対戦では、縦に早い攻撃力は非常に脅威だと感じました。
ドルトムントとの2戦は、トップクラスの相手に完勝した、というのは言い過ぎかもしれませんが一つの指標にはなったかと思います。
CLベスト4になった18-19シーズンよりもポテンシャルは高いとも言われ、期待値は本当に高かった。あの時期のアヤックスは本当に強かったと今でも思います。
しかし、、、
年が明けて2月以降は急激に失速。中でもCLのトーナメントでベンフィカに破れたのは、しばらく立ち直れないほどのショックでした。年末から高まってきた期待の通りとはいかず、トーナメント初戦であえなく敗退。ベンフィカも素晴らしいチームだったのは疑いようもないですが、世界のトップオブトップとして注目されているようなチーム相手にどんなスペクタクルな戦いを見せてくれるのか。それを見ることが叶わなかったのは今でも残念です。
更にその後、国内カップ戦の決勝でもPSVに敗れ、タイトルは国内リーグを残すのみ。そのリーグすらもPSVに肉薄され急激に勢いを失います。
とはいえ、危うい試合をなんとか終盤で勝ちに繋げるというアヤックスらしくない粘り強さを見せたり、リーグ終盤に中盤ダイヤモンドの4-4-2へのシステム変更で流れを引き寄せ、リーグ優勝だけはなんとか手にすることができました。
ひとつタイトルを取れたことは喜ばしいことではあるものの、前半戦の出来から比べるとやや物足りなさを感じるシーズンとなりました。
失速の理由を考える
失速してしまった原因は何か。大きく5つの要因が思い浮かびます。
③ 相次ぐGKの離脱
まずあげられるのが周囲の環境要因。マンチェスター ユナイテッドのラングニック監督がこのシーズン限りということで、後任候補としてテンハフ監督がリンクしだしたのが12月頃。最初は英タブロイド紙の報道で信ぴょう性もそれほどという印象でしたが、徐々に騒がしくなっていき、結果的にシーズン途中の4月に就任が発表されました。
この騒動に加えて大きなインパクトを与えたのがオーフェルマルスの"Dirty Uncle(Horny Cousin)"事件。アヤックスのTDとして移籍金ビジネスでも功績を残していたオーフェルマルスが複数の女性社員にセクハラ行為を行っていたことが2月に発覚して退団へ。オーフェルマルスは前述したアヤックスの改革における中心人物であるうえに、今でも選手との折衝において重要な役割を担っていただけにアヤックスにとって替えのきかない存在ではありました。しかし、自分の局部画像を送り付けるなど完全にアウトな内容で、クラブを去る以外の選択肢はありませんでした。
タディッチをはじめとした多くの選手もテンハフ監督もオーフェルマルスとは親交が深かったためショックは大きかったようです。メディアに対するインタビューでも「やったことは許されることではないが、友人であることは変わらない」というスタンスは崩さず、被害者への配慮との板挟みに悩む様子が伺えました。
これら周囲の雑音がどの程度パフォーマンスに影響を与えたのかはわかりませんが、ちょうど結果が落ちてきた時期に、ほぼ同時期に発生していた出来事。監督移籍の件は、後に「当初はまだ実際にそんな話はなかった」と監督も言及していましたが、これら2つの出来事によって監督と選手の集中力は大いに乱されたことが想像されます。
③ 相次ぐGKの離脱
ステケレンブルフがシーズン早々に怪我で離脱した件にはスターティングXIのところで触れました。そこはパスフェールが完璧かそれ以上に埋めたのですが、CLのトーナメント、ベンフィカとの1stレグでパスフェールも指の骨折という事態となってしまいます(試合前の怪我だったのに1試合プレーしきった模様)。第3GKは若いホルテル…なのですがこのタイミングでホルテルが怪我で離脱中。
この緊急事態で選択肢は、1年近くの出場停止処分を受けて9月から練習再開していたオナナか、またはJong Ajaxでプレーしている若手を抜擢するか。(アヤックスは緊急でベテランのティトンの獲得もしましたが、すぐには間に合わないので、あくまで更なる最悪への保険です。)
ファンの心理としては(いろいろあったので)複雑ですが、テンハフ監督が選択したのはオナナ。
前の年にもGK不足に陥り、若手のスヘルペンを起用したものの大事な場面でEL敗退に繋がるミスがありました。そのため、もしホルテルの怪我がなくても、もしかしたらオナナを起用していたかもしれません。
いずれにせよオナナでいくことに決めたわけですが、最終的に戦績を振り返ると下表の通り。オナナ出場試合で敗戦の一つはCLベンフィカ戦だったことを考えると勝星を落としたというわけではそれほどありませんが、明らかに失点は増え、試合内容も不安定なものとなっていました。
2021-22公式戦における出場GKごとの結果
とはいえ、GKの明らかなミスというのは恐らく1つか2つ程度。実はこの時期は主力選手の離脱も重なる不運(⑤で触れます)もあったのでオナナの責任はどの程度かというのは難しいところですが、簡単に失点を許したという印象は強く残りました。
これは余談ですが、失点増加の印象とその批判に対するオナナのコメントは、まだ多少なりとも残っていたかもしれない2018-19の功労者オナナに対する未練を絶ち切るのに十分過ぎるほどの役割を果たしました。
④ 前半戦の強すぎたアヤックス、早すぎたピーク
シーズン前半戦は国内外含めて圧倒的な強さを誇ったアヤックス。5-0の試合も複数回あり、中には9-0という結果も。そうなるともちろん相手に分析されたり警戒されるわけですが、徐々に2つの方向性からアヤックス対策が出来上がっていきます。
1つは、とにかく引いて守ること。フットボールをさせないこと。
0-0狙い、あわよくばカウンターで得点を狙う戦い方は実力差のあるエールディビジにおいて以前から普通に見られたことですが、2021-22シーズンは引き気味でプレーする相手が特に多かった印象です。
ペップ・グアルディオラはCLでアトレティコと対戦した後に、「彼らは5-5-0でプレーしてきた。攻撃するのは非常に難しかった」と語っていました。リトリートを決め込んだ相手から得点を奪うことは,当然ですが難しいのですね。
エールディビジで見られたのはさすがにそこまで極端ではなく、5-4-1でカウンター要因は残した形でしたし、アトレティコほどの固さもないとは思います。とはいっても毎試合そうした相手を攻略しなければならないのは骨の折れる作業です。
とくに顕著なのが、エールディビジでは珍しく多様な守備戦術を持つダニー・バイス監督率いるフローニンゲン。アヤックスとの対戦で、いわゆる"ヘタフェ戦術"を採用。簡単に言うと、ちょっとしたファウルや時間の浪費でフットボールをさせずに相手をイラつかせる手法で、数シーズン前にアヤックスがEL敗退に追い込まれたやり方です。オランダでは特に好まれないやり方とは思いますが、「ロジカルな判断ではないか?もしアヤックスのハイペースに合わせたら9-0になっていただろう。」と、少しでも勝点の可能性を上げるために嫌われる手法を採用したことを隠そうともしていませんでした。
フローニンゲンには3-0で勝ったのですが、トゥウェンテ、GAE、ヘラクレスやスパルタなど守備的な布陣を敷く相手に勝点を落としたりロースコアの僅差だったりと、厳しい試合を強いられました。
0-0の結果は少なかったものの守備的な相手を打ち破るのに苦戦したアヤックス
そしてもう1つのアヤックス対策はキーマンであるブリント潰し。アヤックスに黒星をつけたユトレヒトを参考にAZが実行したという方法。ピッチ上の司令塔であるブリントに対して考える時間を与えない狙いがあったようです。
シーズン開幕早々にベストな布陣を確立したものの、同じやり方で勝ち続けられるほどにはさすがに甘くなかったようです。アヤックスというだけで警戒され、分析もされるのですが、好調すぎたことも相手の警戒心を増幅させることに繋がってしまったようにも思います。
チームとしてのピークをシーズン後半に持っていくようにマネジメントした方が1年を通して良い結果に持っていけるのかもしれませんね。コントロールできるものでもないのかもしれませんが。
⑤ テンハフ監督の選手起用法
最後は監督としての手腕に大きく関わる点。基本的に自分はテンハフ監督はアヤックスを再び高みに引き上げてくれた疑いようもなく最高の監督というスタンスではあるのですが、多くの人が言及していたようにローテーションをほとんどしないという点は、アヤックスにおける采配を見ている限りでは気になるポイントであったかと思います。
一度気になって
調べたことはあるのですが、一応徐々に改善方向にはあったようにも見えます。ただもしかしたら単に怪我人の数が影響しただけの可能性も。
強かった2018-19シーズンも固定の11人でかなりの試合を戦いきった感がありますが、逆に言うと怪我なく乗り切れれば良いシーズンを送れるということなのかもしれません。テンハフ監督のローテーションが改善方向に見えたのも単に怪我の功名(字面通り)だったのかも。
怪我に関して、2021-22アヤックスにおいては相次ぐGKの離脱が最も痛手だったのは言うまでもないですが、終盤のアントニー離脱というのも失速感に大きく繋がっていたように思います。また、最も調子を落としていると感じられた時期にはGK問題があっただけでなく、ティンバーやマズラウィもマイナーな怪我で不在となっていました。
エールディビジは力の差が比較的大きいリーグだとは思うのでローテーションしながらやりくりすることも無理なことではないと思います。フォルトゥナのウルテー監督も「控え選手がプレーしたとしてもアヤックスは素晴らしいチームなのにベストの布陣で戦ってきた。」とため息まじりのコメントを残しています(フォルトゥナとは2回の対戦でどちらも5-0)。
なぜローテーションをしないのか。
"次の試合が常に最も重要で、その時の最強のラインナップを選択する"というテンハフ監督の信念とも言える考えがあるようです。
先に控えている代表戦も考慮しているし長期的な視点ももって考えている、とも語っていましたが、プレーするほどどんどん良くなっていく選手もいるという中で、最終的には直近の試合にベストを尽くす形となっているそう。
これは良い面と悪い面の表裏一体。特にアヤックスは若手を積極的に起用して育てることも求められ、ベンチにはそういった選手も多く含まれます。なので長い時間プレーさせてきたメンバーが離脱したりパフォーマンスが落ちた際に「重要な局面で使うにはまだ経験が…」となりがち。
連携という面でも、長く一緒にプレーしているメンバーと交代した選手とでは少なからぬ違いがあるように感じます。というより、スタメンの特徴に合わせて設計しているので、特徴の異なる部品に交換したらその製品の機能が十分に発揮されないというか。手持ちのピースでパズルをつくるのはとても得意だけどきれいにはめ込みすぎて交換には枠から全部つくりなおさないと、みたいな。どんなチームにも多かれ少なかれあることとは思いますが、2021-22のアヤックスにおいては特にその傾向が強い印象を特に持ちました。
Played:1分でも出場した試合数 Subs:ベンチで出場機会のなかった回数
Playing Time:出場時間(min)
出場時間をみてみると、特にタディッチとブリントは何があっても起用するという強い意志を感じます。特にブリントについては一時期不調な時期があり、スピードの無さを突かれる、ボールロストが多い、失った際もスピード不足ですぐに奪い返せないといった批判もありましたが、守備方法の変更や周囲のカバーで対応して起用を続けていました。
コンディション的には問題なくできていたというのも使い続けた理由かもしれませんが、年齢的な面もあまり考慮せず使い続け、不調になっても代えられない状況を作ってしまった。前半戦の好調な時にその準備に対して優先度を低くしてしまったことが失速に繋がってしまったように感じました。結果論ですが。
そんなこんなで、失速した理由については後から考えればいくつか考えられ、アヤックスというクラブにおいてはここが一つの壁だな、とも感じてしまいます。
まずそもそも、CL上位常連のようなクラブと比較して資金調達が難しく、選手を惹きつける魅力にも乏しいオランダリーグにあって、トップレベルのチーム力を持つこと自体が難しいミッションではあるのですが、そこに"若手を育成しながら"という制限がつく。更に"美しく勝利"することまで要求される。
アヤックスは近年、ベテランを混ぜることでチーム力を上げつつ、ポイントポイントで若手を加える方向に向かい成功しましたが、突出した若手以外はどうしても出場機会は限られてしまうというジレンマがあります。チームレベルが上がっていく中で、そのレベルを維持しながら若手を積極起用していく。そうしてベンチまで即戦力の状態にもっていくのは不可能に近いことのように思えてしまいます。控えメンバーも若手育成という名目だけでプレー時間が減らされることには納得もいかないでしょうし。
そういう意味ではCLで対戦したベンフィカは興味深いクラブでした。ベテランも多い中、トップクラスにまで行き着くようなレベルの高い若手を定期的に排出している。5大リーグでない中にあって継続してCLでも結果を出す。アヤックスと異なるのは、綿密な守備組織で戦うというところでしょうか。攻守における戦術理解度の高さも後のビッグクラブでの活躍に繋がっているのかもしれません。
きっと似たような悩みもあるのだろうなということは想像できますが、同じように若手の育成と試合の結果を求めるアヤックスとしては参考となる良いクラブだと思いました。
テンハフ監督がアヤックスにもたらしたもの
「商業クラブでありフットボールクラブではない」
ファン・ハール氏が、かつて監督を務めたクラブをそう揶揄してテンハフ監督のマンチェスターユナイテッド行きの噂にネガティブな感想を表明しましたが、そうした声を聞くこともなく、シーズン中の予想よりも早い段階で正式な発表がなされてしまいました。アヤックス監督としては4年半で去ることとなりました。
監督として4年半は割と長い方ではありますが、この期間で彼は何をもたらしてくれたのか。
少し捻くれた表現をすれば、それは"傲慢さ"ではないかと思います。
アヤックスの試合で解説を務めた城福さんは、アヤックスのことを最先端の戦術だと言ってくれました。オランダは最先端から取り残されていて早く追いつかなければという感覚をずっともっていたのですが、気付けば最先端にキャッチアップし、比較されるところまで来ていることに、自分はそこで初めて気が付きました。
トレンドとして語られているような5レーンを埋めるような攻め方や、2020-21シーズンに一時期試していた両サイドバックを同時にMF化させて押し上げるというやり方など、他のリーグで語られているようなことを、それほどのタイムラグなく見られる環境になっていたという事実には感慨深いものがあります。
オランダ伝統のスタイルは攻撃時は広くというものでしたが、狭くするところは狭くし、密集もつくることでトランジションを効果的にし、相手への負荷も大きくするスタイルに刷新しました。バージョンアップされたこのスタイルはトータルフットボール2.0とも形容されますが、オランダと同じくクライフのトータルフットボールをベースにスペインで発展したものが既にトータルフットボール2.0と呼ばれることもあった中で、ゼロから立ち返って見直したとはいえ、後発であるにも関わらず2.0を名乗ろうとするのはなかなかの自惚れ具合です。
戦術面の遅れについて、オランダはコンプレックスのようなものすらあったように思いますが、ロクン(引き付ける)を中心としたトータルフットボールの再構築に成功し、我々こそが源流だと言える自信を再びもたらしたことはテンハフ監督の功績ではないでしょうか。
また、CEOのファン・デル・サールはテンハフ監督との別れに対して、「欧州地図にアヤックスを再び戻してくれた」といった表現を送りました。これはまさにその通りで、フットボールにおける自信とは他の何よりも勝利によってもたらされるものだと思います。欧州でも十分に戦えるという自信が、テンハフ監督のチームが結果を出し続けたことによって戻ってきました。
2018-19シーズンの終盤だったか、こんなタイトルの記事を目にしました。
The world fell in love with Ajax again.
他にも、"If you don’t love this Ajax team, you don’t love football. It’s as simple as that."といった表現も見かけます。アヤックスには多少傲慢な表現もよく似合う、などとオランダに詳しい中田記者も仰っていましたが、確かにそうかもしれません。テンハフ監督が就任する数年前までは、アヤックスが再びここまで復活する絵を描くのは難しく、諦めやシニシズムの雰囲気の方が勝っていたように思います。ボス監督の1年でやや希望に膨らむ表現もありましたが、それでも自分なんかは「CLと違ってELは勝ち進めるし楽しい!」くらいに思っていました。この4年半での自信の付け方、目標設定の向上は正直想定外。これまでは国内の優位性から傲慢さというものを理解したつもりでいましたが、欧州でも注目される存在に再びなったことで、傲慢だと言われるその真髄を見た気がします。
テンハフ監督とアヤックスはそれぞれの道へ
4年半の集大成だったはずが最後尻すぼみで、しかもシーズン終わる前に次の移籍先発表となって正直どうなんだというのはなくもないですが、テンハフ監督に対しては今のアヤックスにできる最大限に近いものを成し遂げてくれたという感謝しかありません。
ニュースで覗える範囲ですが、チーム戦術だけでなく、選手の伸び代を見極めてアドバイスをする、または選手に寄り添うことでその能力を遺憾なく発揮させる能力にも長けた監督でした。具体的には、マズラウィへの得点の要求、ティンバーにイニシアチブをもっと取れる余白があると指導したこと、アントニーへシュートとパスの判断精度向上を求めたことなど。過去にはユトレヒト時代に半ならず者だったボイマンスに対して声掛けなどで信頼を得つつ活躍させたこともあります。
過去に指導した選手や共に仕事をした仲間からも軒並み高い評価を得ています。高く評価する人のコメントが記事になっているという可能性はありますが。
既存選手で信頼を隠そうとしないのはタディッチ。
「彼は世界でもベストなトレーナーの一人。4年間でそれを証明した。どのビッグクラブでもフィットするだろう。」
「戦術的に信じられないほどに強い。常に相手の2歩先を行っている。彼ほどインテリジェントなトレーナーをほとんど知らない。テンハフは、より良い選手になるにはどうしたら良いか、いつでも尋ねに行ける監督。すべての選手にとって、テンハフと仕事ができることは特権だ。」
攻撃的で魅力的なフットボールを志向し、かつ小さな変更や戦術的トリックによってアドバンテージを与えられるといった戦術面について、何度もメディアで絶賛しています(同様に現フェイエノールトのスロット監督も優れているとも言っていました)。
それ以外にも、過去にはGAEの選手もインタビューで"出会った中で最高の監督"と言っていましたし、バイエルンⅡ時代のトビアス・シュヴァインシュタイガーも"若手だけでなく経験のある選手も伸ばすことができる"点など評価。
トゥウェンテで監督とアシスタントの関係だったスティーブ・マクラーレンも、トレーニングメニューを計画するあまりの早さに衝撃を受けたことを語っています。テンハフがいなければトゥウェンテはリーグ優勝できていなかった、とも。
勿論ボイマンスも「テンハフは本当のトップ・トレーナー。人に対する対処法をよく知っている」と、モチベーションを高めて活躍に導いてくれたかつての恩師に対する感謝を語っています。
攻撃でイニシアチブを握り圧倒するという戦術面の方向性はもちろんですが、テンハフ監督のそういった能力は、若手の育成だけでなく中堅・ベテランも組み合わせてチーム力を高める近年のアヤックスに、これ以上ないほどにマッチしました。
しかしながら、テンハフ監督は過去のインタビューで自分は攻撃的な監督かと尋ねられ、こう語っています。
「その瞬間ごと、状況ごとに違った指示を出して、選手に違うプレーをさせる必要があるのでそうは思わない。アヤックスのDNAに合わせる必要があり、他のクラブならばまた異なるかもしれない。」
アヤックスはテンハフ監督が在籍する間、これまでにないほどのファンタスティックなシーズンを送ったため、それが終わってしまうのは残念でもありますが、アヤックスとは異なるDNAを持つクラブ、控えメンバーも含めて質の高い選手を揃えられるクラブを率いたときにどのようなチームを作り上げるのか、また、プレミアリーグというエキサイティングなリーグでどのような戦いぶりをみせてくれるのか。さらに高い理想を魅せてくれるのかという点は純粋に楽しみです。
テンハフ監督はトップリーグのEPLで古豪再建。アヤックスはスフリューデル監督で同じ路線を継続。
この2つの流れについて、できる限り興味深く追っていきたいと思います。
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